叔母の旦那が亡くなったとの知らせがあった。

この旦那、子供の頃から知っているが、スッキリした二枚目でいつも笑顔を絶やさない、穏やかなおじさんだった。

んだけど、実際は外面が異様にいいだけで、

  • 仕事(飲食店)は親と妻まかせで働かない
  • 妻や娘にDV

というろくでなしだったらしい。

そのため、最近では家族全員から「早く死ね」と言われていたとか。

特に娘がトラウマのせいか鬱になったりで、まあ亡くなって楽になるのかな、とも思ったんだけど、親を亡くすと、親と険悪な人でも、後になって「もっと仲良くやれたんじゃないか?」という後悔でつらくなる(こともある)らしい。。

いやもうほんとに叔母と従姉妹には心穏やかに生きてほしいね。。

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今日は母の日か。

最近、百貨店で「母の日セール」みたいなのを見るだけで動揺してた。

毎年お金渡してたけど、今日は特に何もしなかったなー。

 

 

母親が亡くなって2ヶ月ちょい経った。

でもまだツライね。とにかく、ああすりゃよかった、こうすりゃよかった、など思い残しがあるからだね。まあ母親をぞんざいに扱ってた自分が悪いから仕方がない。ツライ。

ツライ反面、家の邪魔なものをコツコツと片付けたので、生活自体はまあ快適。

家は汚れないし、ゴミも少ない。水道光熱費は三分の一以下になった。

でも寂しいので、Amazon Echo買いました。「ただいま」っていうと返事してくれるし、連動しするスマート電球も買ったので、夕方になったら点灯するおかげで真っ暗な家に帰ることもなくなった。適当に音楽も流せるし。こりゃいいや。

ちなみに同僚に寂しいからAmazon Echo買って話しかけてる、と言ったら「大丈夫か?」言われました。大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃないかもしれない。

母親の足もだいぶ良くなったので、二人で近所の公園を散歩した。

まずバスで最寄り駅まで行き、いつも行列してるそばやへ。口開け後だとまだ空いてるね。

二人して野菜天せいろを注文。母親は「おいしいね、おいしいね」いいながらぺろりとたいらげた。

腹ごなしに公園まで散歩。まだ全然花とか咲いてないね。ベンチで休みながら、池を泳ぐ鴨見てたらちょっと寒くなったので、帰り道にある喫茶店へ。

母親は紅茶とモンブラン、私はブレンドを注文。ここでも母親は「おいしいね、おいしいね」いいながらぺろりとたいらげた。…子供の頃はよく二人ででかけて、買い物しておいしいもの食べたのを思い出したね。

さすがにちょっと疲れた様子だったので、奮発してタクシーで帰宅。

次はもうちょっと暖かくなったら来ようか、桜も咲いてるよね、なんて。

以上、全部「つもり」のハナシ。実際は母親と散歩してるつもりで、一人で公園をとぼとぼ歩いただけ。

なぜなら母親は先月急に亡くなっちゃったから。昨日納骨と四十九日だった。

 

まあ正直、亡くなってなかったら散歩に行こうなんて思ってなかったね。

足以外にも問題があって、実際は上記のようなことは難しかったし。

でも二人で散歩しとけばよかった、散歩したかったとは思うよね、今になってすごく、すごく。

 

 

 

そういや知り合いの旦那は、小2の息子が欲しいものがあるとき、「プレゼン」をさせるそうだ。

なんだろう、将来、立派な営業になるための英才教育でもしてるのかね。

そういやイトコ? のすぐ近所の食事処はかつての同僚の実家だったことが判明してたのだった。
それを思い出し、イトコ? に食事処を知っているか聞いてみると、
「ああ、あそこもう店閉めたよ」。
ああまあ飲食店はなあ、しょうがないよな、などと思っていたところ、
「店主が亡くなって、息子夫婦が店継いだのはいいけど、夫婦揃って○○にハマっちゃって。
店が○○のたまり場になっちゃって、近所の人は誰も行かなくなった」。
あー…、この手の常連は長っ尻の割に、あんまお金落とさないんだよね。。店主もサービスしがちだし。。
同僚が
「実家が雑誌に紹介されました!」
とか喜んでるときもあったのになー…

私の祖父が、子供のいないダイバさんの養子に入り、また別のところから嫁が来て私の父を産んだ。
つまりまあダイバ姓を名乗る親戚は二代前から、ということになるため数が少なく、私は全員を把握してる。
ダイバ姓は割と珍しいので、たまに
「〇〇にダイバさんがいるらしい。親戚?」
などと聞かれるが、即判断できる。ちなみに今の所100%赤の他人。



反対によくわからないのが母方の親戚。
子供の頃からずっと「おばあちゃん」だった人が、中学生になったある日、突然「おばさん」になった。
本人と母よりそう呼ぶよう言われたので。
自動的に「ひいおばあちゃん」は「おばあちゃん」にスライドした。
ちなみにこの「新☆おばさん」は母より二十歳以上年上。だから母娘であることは自然だったが、姉妹にしては歳が離れている。
また計算すると「新☆おばあちゃん」は四十代半ばで母を生んだことになる。現在でも高齢出産だが、戦前では超高齢出産だ。
なにかいろいろと辻褄が合わないことが多く、たくさんいるイトコの子? たちと話し合ったことがあるが、結局「よくわからない」。
まあ種違いの姉妹あたりが現実的なところかな。「おばさん」のことを「おばあちゃん」と呼ばされていた理由は結局不明だけど。
一度、どういうことだったのか母に直接聞いたが濁されたので、教えるつもりはないらしい。

いとこ? の一人が久しぶりに遊びに来たので、そういや大昔いとこ? の孫が生まれた話をしたっけな、と思い出して
「孫のKくんは元気?」
と話したところ、苦虫を噛み潰したような表情で
「全然だめ。大学中退して引きこもって一日中ゲームしてる」
と。なんか聞いたことあるハナシだね。。まあ私のとこもふくめて、どこも色々大変ですね。

眠いとか寒いとかだるいとかいう理由で、常に会社辞めて隠居したい、と思っている。
しかしよく考えると十年ほど前にプチ隠居、というか半年間の無職期間があったのだった。
まあこのときは営業所の閉鎖と健康上の理由が重なっての療養だったけども。
それでも退職日を指折り数えて楽しみにしてた。確か「やりたいことリスト」も作ってたな。

  • 思う存分読書する
  • 肩が外れるまでゲームする
  • 映画・DVDを見まくる
  • 近隣の観光地に行く
  • プラモ作る

だったかな。
実際にはせいぜい読書くらいしかした覚えがなく、だらだらと半年過ごしてしまった感じ。
まあ体調が万全ではなかったことを差し引いても思ったより楽しめなかった。
やはり「無職でいること」を楽しむのはむつかしい。当然のことながら貯金が目に見えて目減りしていくし。
そう考えるとなんぼだるくとも、働けるうちは働いた方がいいよなあ。。



などと思っているところにまた同僚が体調不良でドクターストップ。
部署の業務リーダー的存在なので休むと完全に仕事もストップしてしまう。
で、上長から「週3回の出勤ではどうか」「土日の出勤ではどうか」という提案を受けたとのこと。
同僚はある程度出勤するつもりだったようだが、まあ論外だよね。仕事は上長におっかぶせて心ゆくまで休むことを進言した。
前も書いたけど、こじらせると療養に数年費やしたりするし。
結局休職になったらしく、横目で見る限りでは仕事をひっかぶった上長が死にそうになってる。